サクラ大戦 2次創作
ボ ク の 後 ろ に
2010 7 じょや
ボクはレニ。
帝国歌劇団の一員。歌劇団は華撃団でもある。
大帝国劇場…「帝劇」は、今や、ボクの家。
人間というより戦闘機械だったボクに、新しい世界を見せてくれた場所。
冷たかったボクの心にあたたかい光が差し込んだ…。
…少し、その「冷たかった」頃のことを思い出してみる。
……。
これは、ちょっと前のボク。
この頃、ボクの日常生活に感情表現は皆無だったと言っていい。
ボクには高い戦闘能力がある。
でもそれに「喜び」を感じたことは無かった。
ボクの成すべきことはただひとつ。
それは、任務の遂行。
そのための修練であり、舞台であり、休息であり、栄養の摂取だった。
全てはただ、任務の遂行のためだった。
感情表現は必要なかった。
何気なく廊下を歩いている時も、次の瞬間には戦闘態勢に入ることができる。
一度、隊長を投げた。
「…ボクの後ろに立たない方がいい。」
隊長は、驚いていた。
このぐらいのこと、予想できなくて隊長が務まるのだろうか。
そんなことしか考えなかった。
それから、カンナ。
どうやら隊長から話を聞いて、わざと後ろから近づいたらしい。
シュババッ
ボクに投げられそうになるところを、すかさず体勢を立て直し、距離をとる。
にぃっ…
カンナは笑う。廊下で、臨時の組み手のようなものが始まる。
……これも悪くない。修練のためには。
楽しそうなカンナに対して、ボクは無表情だった。
ボクは、ただ修練のために動いた。
ボクは、誰かが後ろに立つと反射的に投げてしまう。
護身と、攻撃を同時に行い、素早く効果的に相手を倒す。
それが身にしみついて、何も考えなくても出来てしまう。
共に住んでいる者にとっては、危険極まりない人物だろう。
けれど、自分たちの「基地」の中とはいえ、いつ敵が現れるか分からない。
隊長にとっても、カンナにとっても、他の隊員にとっても、修練になるはずだ。
だからこれでいい。そう思っていた。
……。
……でも……ある日。
いつものように、ボクは廊下を歩いていた。
後ろで、気配がした。すぐ近くに。
ボクは、いつも通り、相手を見もせずに投げの体勢に…
!
いけない。この小さな手、小さな体…この相手は。
… ス ト ン … !
ボクは途中で気づき、「投げ」を最後まで行わず…
出来る限り優しく、ゆっくり相手を降ろし、目の前に立たせた。
アイリスの驚いた顔が、目の前にあった。
「わ… あわっ…」
ただでさえ大きな目を更に大きく見開いてボクを見つめる。
ボクは…何と言えばいいか分からなかった。
戸惑うボクに対し、アイリスはパーッと笑顔になって言う。
「い、いまの、すごーい! しゅんかんいどーみたいに、レニの前に来ちゃった!」
…アイリスは、はじめからこうだった。
感情を持たない戦闘マシーンのようなボクにも、他の人と接するのと同じように。
恐れも戸惑いも全く見せず、明るく優しく、元気に接触してきた。
…イヤじゃなかった。むしろ…なんというか。
むしろ、何だろう?
この頃のボクには、はっきりとは分からなかった。
ただ、プラスの感情であることは分かった。
愛らしく笑いかけてくれる少女。
同じ隊員というだけでなく、この子が望む通り「お友達」になろう…。
適度な交流があったほうが、任務遂行もスムーズだ。
戦闘機械であるボクには難しいかも知れないが、話を合わせていればいいだろう。
共に生活するのに何ら問題はない…そう、思っていた。
けれど…
(さっき…もう少しで本当に投げるところだった…)
これじゃ…いけない。
無差別に投げていたら…、アイリスまで。
アイリスにケガをさせたくない…
「ボクの後ろに…じゃなくて…その、…ごめん」
隊長にかけたのと同じ言葉が口から出かかったが、途中でやめた。
そんなことをアイリスには言えない。
不安にさせたくない。悲しい思いをさせたくない。
「ねね、今の、どうやったの? レニ!」
アイリスは無邪気に聞いてくる。…とりあえず、不安にさせてはいないようだ。
「…あ…うん。ボクは…無意識に出来る。君も…覚える?」
「うん、覚えたい! 教えて!」
「え…と、まず…」
教えるのはいいけれど…、カンナ達とは違うんだし…。
また同じように後ろから近づかれたら…投げてしまう。
いつも今のようにうまくいくとは限らない。本格的に投げてしまったら…。
…ボクをこわがってほしくない…
…どうしよう? どうすればいい?
……。
…そうだ、聞き分けよう。
後ろから近づくのが誰なのか…。足音を、呼吸を…聞き分ける。
それからのボクは、新たな修練方法を見つけたかのようにも感じた。
(…これは…、織姫。これは、さくら…。)
気配で分かる。そう、いつでも分かるはずだ。
修練を積んできだボクなら。
(ありがたい)
ボクは…ハッとした。
これまでの戦闘訓練に、自分の能力に…初めて「喜び」を感じた。
何度か目に、確信する。
アイリスの足音、呼吸、気配を完全に把握した。
今後、間違うことはない。
…よし…!
「よし」というのは、このような時に使う言葉か。
何かを為し得て、嬉しい時。人間は…
「レニッ」
がばっ、と後ろから抱きつかれる。
アイリスだ。
「あれ〜? 今日はあのブワーッっていうの、しないの?」
「…しない。」
「そ〜っと近づいたから、分かんなかったんでしょ!」
「いや。その角を曲がったあたりから分かった。」
「え〜っ。レニすごいなぁ…。あ、じゃもっかい近づくからブワッてして!」
「…だめ。アイリスには、しない。」
せっかく、そのために修練したのだ。
「どうして? アイリスには…してくれないの?」
困ったような、せがむような表情になってボクを見つめるアイリス。
こちらも困ってしまう。…どうしたものか…。
…そうか。
悩む必要は無い。相手を把握したうえで、投げればいいのだ。
アイリスだと分かっているのだから、わざと「投げるマネ」をすることも可能だ。
戯れとして。そうして、喜ばせたい。この子には、いつも笑顔でいてほしいから。
ボクに無い輝きをたくさん持っていて…それを惜しみなく分けてくれる人だから。
「…了解、アイリス。またあの角から…近づいてみて。」
「うんっ!」
アイリスはにこにこと満面の笑みを浮かべ、曲がり角まで戻った。
…自分の表情が少し…緩む、というのか…
なにかムズムズと顔が動くのを感じた。
これは、何だろう?
その後、それが何なのか分かるまで、そう長くはかからなかった。
……。
そして、今のボク。
ボクはいつも通り、帝劇の廊下を歩いている。
近づく、かすかな足音。呼吸。
(…あ、これは隊長…)
じゃあ、遠慮なく。
ブゥン!
「うわぁ!」
派手に空中を回転し、ボクに投げられる隊長。
(…日々、修練だよ。隊長。)
= おわり =
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