サクラ大戦 サイドストーリー
“ 劇 場 に 帰 り ま シ ョ ウ ”
文章:じょや
「……分かったわね、アイリス。」
「うん……、あっ、はい……。 ……グスッ……」
「じゃあ、もういいわよ。……お部屋に帰りなさい。」
「うン……」
アイリスは俯いたまま……
その腕に抱いたジャンポールの頭に顔をうずめるようにしながら、
椅子から立ち上がった。そしてドアの方へ歩み寄り……
取っ手に手をかけてから、振り向いた。
「ごめんなさい……マリア。」
そう言い残し、すぐにアイリスはマリアの部屋を出ていった。
マリアは何か声をかけようとしたが、やめた。
フウ、とため息をつき……椅子に深くもたれかかった。
「ぐすっ、ひっく……スン」
アイリスはとぼとぼと廊下を歩いて自分の部屋に向かった。
カンナがそのアイリスを発見し、声をかけた。
「アイリス……、あ! …ど、どした? 泣いてんのか?」
咄嗟にアイリスは泣いているのを隠そうとしたが……無理だった。
「……! ふ、う、ううんっ、なんでも、なひッ、の。ふひゅっ」
ジャンポールに顔を押し当てて涙をぼろぼろ零している。なんでもないわけはない。
(そうか……マリアに、こってり絞られたんだな)とカンナは思った。
アイリスは昼間、浅草で空中移動をして騒動を起こした。
…霊力を人前でむやみに使ってはいけない。それはアイリスにももう十分に分かっていた。
ただ、今回は、なァ……。と、カンナは考える。
(ひさ〜しぶりの休みだったんだ。ハメはずしたくもなるわな。)
そうでなくてもアイリスは遊びたい盛りだし、性格的にも“おはねさん”だ。
(それに、これだけのチカラ持ってたら使いたくなって当然だ。
あたいも空手、使わないでいるとなんかこう……、
なんかがたまってきちゃうんだよな。)
カンナは片膝を床につけ、アイリスの目線になって優しく言った。
「泣くな泣くな、アイリス。分かるぜアイリスの気持ちは。
……ったく、マリアもちょっとネチネチ怒りすぎだよな。
もう済んだことなんだから、いいじゃねえか……ナア?
アイリスだってちゃんと反省してたのにな?
…どれ、ここはひとつ、あたいがマリアに…
少し怒りすぎじゃねェかっ、と言ってきてやるぜ!」
カンナは早速行こうとする。ところが。
「……っ、だめっ」
急に目映い光がアイリスから発せられ、カンナもそれにまきこまれた。
「お……おおっ!?」
気がつくと2人ともアイリスの部屋にいた。まさに一瞬の出来事。
アイリスが霊力で、自分とカンナの体を瞬間移動させたのだ。
「お〜……すげェ。 あらためて、スゲェな、アイリス……」
アイリスを見ると、まだ、さっきのままの姿勢で泣いている。
カンナはその場にあぐらをかいて言った。
「アイリス、まぁ遠慮せずにベッドに腰掛けな。
……、あ、あたいの部屋じゃないってな。あっはは〜」
アイリスは俯いたままベッドに座った。まだ泣いている。
「……ひゅっ、クスン……」
カンナは困った顔をしてぼりぼりと頭をかいた。
こういう時、人は、優しくされると余計に泣いてしまうのかも知れない。
しかし、何も言わないで黙っているのはカンナには無理だった。
「あ、あのな、アイリス。あんま気にすんなよ。
マリアも立場上、な。…怒らないといけない立場だからさ。
う〜、でもちょっと今回はいくらなんでも怒りすぎだなァ……?
こんなにアイリスを泣かせて……」
「んひゅっ、ち、ちがうの。カンナ、ちがう、の……ひぅっ。」
「ん?」
アイリスは、泣きながらも一生懸命しゃべった。
「マリッ……アは、マリアは、アイリスのこと、しんぱいして、くれたの。
それっ、で、あんなに厳しく怒ったの。ぐすっ、だ、だから……カンナ、
マリアを、せめたりしちゃ、だめ……」
「……アイリス」
少し、カンナの表情が変わった。
(……そうか。あたいは勘違いしてたよ。)
アイリスは、マリアに怒られて、マリアが怖かったから泣いてるのだ、と思っていた。
(……違うんだな。
アイリスはたぶん、みんなに心配かけちまったこととか、
そういうことで泣いてるんだ。……そうか、そうか……。)
「よしっ! アイリス、いっしょにメシでも食いに行くかぁ!」
そう言ってカンナは勢いよく立ち上がる。
突然の提案に、アイリスも一瞬泣くのを忘れてカンナを見上げた。
「へっ!? ま、まだ早いよ、カンナ……」
「いいじゃねぇか、こまかいこと気にすんなよ!
気分を変えたいときはメシが一番だ。ほれほれ、立った立った。」
「ぐしゅっ……でも、でもアイリス、……っ、
みん、なに、みんなに……ふっ、ふええ……」
アイリスは立ち上がりかけて、また泣き出して座ってしまった。
「おいおいどうしたどうした」
再びおたおたと慌てるカンナ。
アイリスはまた泣きながら懸命に喋る。
「あ、あいりしゅ、みんなにあやまらなきゃ……みんなにっ、心配、かけたもん。
めいわく、ぐひゅっ、かけたもん。…あいりすの、せいで、ひっく、ていこく、
かげき、だんが、たいへんなことに、なるかも知れなかったんだもんっ……」
やっとそう言い終えて、アイリスは顔を覆ってしまった。
「あ〜……え〜っと……」
カンナは目頭を熱くした。と同時に、何か言葉をかけてやらねば、と思った。
「…あのですね、大丈夫! 大丈夫だぞアイリス。
そんなの、誰も気にしてねえって。
…迷惑なら、もっともっとかけてる奴が花組には他にたくさんいるって!
アイリスなんか迷惑ランキングで言ったらず〜っと下のほうだぜ!
上位はあいつとかあいつとか…。“トップ”は言わずと知れたアイツだ。
自分で“トップ”とか名乗ってるからな〜ははははっ……」
…笑いながらカンナは脳内でつぶやく。
(しっかし、あたいって何でこう口ベタなんだろうなぁ……)
「ぐすっ、グスン……カンナッ……」
アイリスは顔を上げてカンナを見た。大きな瞳から、涙がぽろぽろ、こぼれ落ちる。
「あり……がと………」
アイリスは頬を紅潮させながら、ちょっと笑った。
「お! 笑顔が出たな〜、良かった良かった。
泣きやまないとジャンポールがずぶぬれになっちまうからな。」
アイリスはびっくりしてジャンポールを見た。
アイリスの涙で、頭の部分がだいぶ濡れている。
「……あっ! ご、ごめんね、ジャンポール……クスン」
もう大丈夫かな…と、優しい眼でアイリスを見ながらカンナは考えた。
(ジャンポールか……)
彼は、こうやってもう何年も前からアイリスの涙をその身に吸い込んできたのだろう。
アイリスの悲しみ、孤独。……それらを全て共に感じてきたのだ。
(だけど今は違うぜ……なぁ、ジャンポール。)
今は、アイリスは孤独ではない。
みんなといっしょにいることに、大きな喜びを感じているはずだ。
ジャンポールも今は…アイリスの、そんな喜びをも共に感じているだろう。
アイリスの大切な帝劇。
(あたいもその一部だよなジャンポール? へへっ、なにかこう、くすぐってえな。)
アイリスの今の涙は悲しみの涙ではない。
“大切な帝劇”を思う気持ち。それが、この涙の意味だ。
アイリスが完全に泣き止むまで、カンナは待った。
あぐらをかいて。目を閉じて。
……
カンナがアイリスを連れて部屋を出ようとドアを開けると、バタバタと音がした。
音の主は、3名。廊下にいて様子を伺っていたらしい。
それぞれ、慌てて逃げようとしたり、“偶然通りかかった”様子を表現しようとした。
「なんだ? おめぇら……」
すみれは、壁の何もないところを見ながらしきりに扇子で自分を扇いでいたが…
わざとらしく、ゆっくりと振り返って言った。
「あ、あら、カンナさんこそ、どうしてアイリスの部屋から出てくるんですの?」
さくらとレニもあきらかに不自然な自然さを醸し出しながら言う。
「あ、あたしたちは、偶然たまたま、通りかかっただけです。ねね、ね、レニ」
「…………うん。偶然。……みんな…同時に、偶然、通りかかったんだ。」
3人の様子に、カンナは笑い出した。
「ぷっ、あははは……
お前ら、さてはドアにこう、ピターっと耳つけて中の会話聞こうとしてたろ?
あたいが勢いよく開けなくて良かったな!? ペラペラになるところだぜ。
だっははははっ……。…おい、アイリス、みんないるぜ、来いよ。なはは。」
「えっ、あれ? みんな……」
アイリスがカンナの後ろから顔を出した。
「…アイリス。」
レニがアイリスを気遣うように声をかける。
アイリスは小首をかしげてレニたちを見た。
「あらあら、大丈夫ですの? カンナさんにいじめられたりしませんでした?」
すみれが余計なことを言った。当然カンナは反応する。
「なんだと、なんであたいがアイリスをいじめるんだよ?」
「あぁら、こわい。
ほらほら、その口調からして人を怖がらせてるじゃありませんか。
……これだから乱暴者は困りますわ〜。」
「なんだとっ、この……」
「あ、あの!」
カンナが身を乗り出そうとした時、アイリスがその前に出た。
「ん、アイリス。」
アイリスは眉を「ハ」の字にして、すみれたちを見つめ…
「すみれ、さくら、……レニ……みんな、……ごめんなさい。」
頭を下げて謝った。なんだか、また涙声になってきているようだ。
さくらが声をかける。
「大丈夫よ、アイリス……ちょっと遊びたかっただけだよね?」
そしてすみれも。
「いつものことですし、いちいちだれも気にしてませんわよ。
まあ、こういうことを積み重ねて、大人になっていくのですわ。」
「アイリスはじゅ〜ぶん大人だよ。あたいの10倍は大人さ。
もちろん、すみれ、お前なんかよりゃ100倍は大人だよ。」
今度はカンナが余計なことを言った。
「きぃっ、なんですって!?」
「そりゃおめえは満足だろ。あんだけ、もんじゃ食ったんだからな。」
「カ、カンナさん! も、もう許さなくてよ…」
さくらが慌てて2人のケンカを止めようとする中、レニはアイリスにそっと近づいた。
レニが優しくアイリスの髪に触れると、アイリスは顔を上げた。
うるうると、眼の中に涙がたまっているが、こぼれてはいない。
レニは優しく言う。
「みんな、怒ってないよ。怒ってるわけない。
……アイリスは、アイリスのままでいい。」
「レニ……」
「…ほら、“どこまで行ってもそのままの自分”という人が歩いてくるよ。」
織姫が部屋から出て、あくびしながら歩いてきたのだった。シエスタの後らしい。
「ふあ〜あ……ん? なんかワタシのこと言ってましたか〜?? レニ!?」
「なんでもない…」
レニは可笑しそうにクスクス笑っている。
アイリスは織姫の前に行った。
「……あ、あの、織姫、ごめんなさい。」
織姫は目をパチクリさせた。…それから、とぼけてみた。
「…なんのことですか〜? ワタシもう忘れました。
それよりアイリス、今度の休みにはまたどこか遊びに行きまショウ!」
「……うん!」
アイリスの顔が輝いた。
ドタドタと階段を駆け上がってくる音がして、紅蘭が現れた。
「お? なんや皆はん、おそろいで。
あ、アイリス! これ見たってえな、またまた世紀の新発明やで!」
「あ、紅蘭っ……」
「ほれこないだ、帝劇にまたドロボウが入ってきたらどないしよ〜て、
そんな話しとったやろ? これがあれば完璧やで〜っ!
名付けて“自動縄縛りくん”や!」
「紅蘭、アイリスにしゃべらせてあげて。」
さくらが小声でさえぎった。
「ん?」
「あの、ごめんなさい、紅蘭……」
「ごめんなさいって……? …あぁ〜!
いやいや、なんも謝らんでええって!
…いっつもトラブル起こすんはうちやさかい…
バランスとってもろうて感謝しとるくらいやで。」
「あはは……そうね〜、前の…爆弾騒ぎとか、ね。」
「何を言うとんねん、あれは、さくらはんが悪いんやないか。」
「いえ、あれはあたしじゃなくて、カ、カンナさん〜……」
「ま、まぁよ、みんなお互い様ってことだよな。」
「そうですわね〜。まあ、カンナさんに関してはこちらが割に合いませんけど。」
「な〜に言ってんだヨ、そりゃこっちのセリフだよコンコンギツネ!」
「こん! じゃなかった、きいっ! なんですって、この腕力ゴリラ!」
「喧嘩やめるデ〜ス、夫婦喧嘩は犬も食べまセンヨ〜?」
「あははっ、ははっ、織姫さん、夫婦って……うふふ、あはは」
さくらは織姫のセリフがよほど可笑しかったのか、笑い続けた。
「あはっ、せやね、ま、夫婦みたいなもんやで。この2人は。なァ?」
「そうだね……いや、夫婦じゃなくて……」
紅蘭に同意を求められたレニは、アイリスの方を見て、言葉をつないだ。
「“家族”だ。……ね、アイリス。ボクたちはみんな、“家族”だね。」
「……うんっ。」
アイリスは嬉しそうに微笑んだ。
……
廊下でひとしきり騒いだあと、皆、それぞれ次の行動に移っていった。
カンナが楽屋に行ってみると、マリアがラジオを聴いていた。
「よっ、マリア、ここにいたのか。」
「カンナ……」
マリアは少し微笑んで言った。
「フォロー、ありがとう。」
「ああ、いやいや、フォローなんかいらなかったぜ。
アイリスはみ〜んな分かってるよ。…マリアの愛情もな。」
「そう……。」
「あぁ、でもよ、アイリスは…
これからもハメはずして騒ぎを起こしちまうことがあるかも知れねェ。
それでもよ、聞き分けがないって思わないでやってくれよ。
アイリスは分かってるんだ、分かってるんだけど、つい、な。だから……」
「ええ、ええ、大丈夫よ、カンナ。…分かってる。
私達、アイリスと、3人…いちばん長いつきあいだもの。
……ふふっ、アイリス、おてんばですものね。」
「へへっ、そうだな〜お人形みてえなのにな。」
「アイリス、ほんとに可愛いわね……」
「ああ。ほんとに妹みてえだなあ。いや、それ以上だな。
うまく言えねぇけど、血のつながりより…なんか、すげぇつながりだよ。」
「……私たち、いいお姉さんになっているかしら……?」
「なってると思うぜ。特にマリアはな。
立派なアイリスのお姉さんだ。……“母親”じゃなくてな。」
「………………」
マリアは黙ってカンナを見た。
「あれ、マリア、どした? あれれれ〜?
…やっぱ、あの人さらい2人組に言われたこと、根に持ってんのかあ?」
「……カンナ、私の拳銃が火をふくわよ。」
マリアは拳銃を出す真似をした。
「ひええっ、おたすけ〜っ!」
「ぷっ、ふふふ……あはは」
「だはははは……」
「何2人で笑ってるですか〜? 気色悪いデスね〜……」
織姫が入ってきた。カンナは立ち上がった。
「よ、織姫。あたいはちと事務局に呼ばれてるから行くぜ。
たしか、今度の芝居の演目が分かったって話だからよ、聞いてくらあ。」
……
楽屋を出て、廊下を歩きながら、カンナは考えた。
(そう、あたいたちは、アイリスの友達でもあり……
お姉さんであり、時には母親でもあったりして……
お互いに求め合う、“家族”なんだよな。
へへっ、こりゃあ、いいな……うん。最高だ。
……こういうのなんてえんだっけ、ええと……そうか、“絆”だな。)
……
人と人との強い絆が、血縁のつながりを越えて…………
ひとつの“家族”となり結ばれてゆく。
帝劇は今日もあたたかい光に満ちている。
・おわり・
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