サクラ大戦 Side Story


  ナツノヒノユメ


                               2003 夏 じょや




 セミの命は短い。

 地中からの生を数えるならば、短くはない…と言えなくもない。
 しかし、意識が芽生え、地中から出た後の時間を生と呼ぶなら。
 日差しのもと、飛び、遊び、歌い、恋をして生きる。
 それこそが本当の“生”…であるならば、やはりセミの命は短い。

 “夏”が静かに眠りにつき、時の彼方に還る頃、セミの命もまた終わる。

 …………

 ……“夏の音”がする。

 水の飛沫。
 子ども達のはしゃぐ声。
 カラコロカラ……下駄の音。

 ラムネの泡のはじける音。
 カラコロカラ……泡の中、ビー玉の音。

 そして、セミの声。

 ミーンミーンミーン・・・
 ジーワ・・・ジーワ・・・
 ジジジ・・・ジジ・・・
 ミーンミンミンミンミー・・・

 大合唱だ。
 短い命の時間を、愛おしむのか。
 儚くも、熱く、強く、燃え尽きるためか。
 声は、どこに届くのだろうか。
 歌は、どこに響くのだろうか。
 みんみんみんなとぼくだって。
 みんみんみんなでおどりたい。
 夏の暑さと、つきづきしく、大合唱。

 その大合唱に、明るく可愛い声が割り込んできた。

 「みーんみんみんっ!」

 輝く金髪の、愛くるしい女の子が、はしゃいでいる。
 はしゃいで、くるくる回りながら、周囲に響くセミの声を真似している。

 一瞬、戸惑うかに見えた“セミの大合唱”。
 しかし、再び、何も無かったかのように続く。
 ミーンミンミンミー・・・
 ジーワジーワジーワ・・・

 「みーんみんみんみーん」

 女の子もそれに混じり、楽しげに続ける。
 くまのぬいぐるみを抱いたその少女は、暑さにうっすら頬を染めている。
 でも、元気だ。

 “……あれは、何だろう……?”

 一匹のセミが、女の子をじっと見つめた。
 ……見たと言うより、感じた、と言うべきか。

 “……楽しそう。あ、なんか、笑ってる……”
 “そうか、……あれは、「人間」だ。”
 “……”
 “僕は何だろう……?”
 “…………”
 “そうだ、僕は……セミ、だ。”

 ミーンミンミンミーン・・・

 “僕は、いつから……セミだったんだろう?”
 “どうして、鳴いてるんだろう?”

 ミンミンミンミー・・・・・・

 “人間たちは、僕らのこと、夏の風物詩とか言うんだ”
 “でも、僕ら……もう、すぐ、死ぬんだ”

 ・・・ミーンミンミン・・・ジーワ・・・ジーワ・・・

 “人間は、いいよね。”
 “夏が終わっても、まだまだ生きるんだろう”
 “僕らは、違う。夏と一緒に……”

 ミンミンミンミンミー・・・・・・

 “……? なんで僕、こんなに人間のこと分かるのかな?”
 “なんだろう? 僕、何のためにここにいるのかな?”
 “なんで、生まれたのかな……”

 ジワジワジワ・・・ジーワ・・・

 “どうせ、死ぬのに、な……”

 ミーン・・・

 その時、不意に、ぐるり! と世界が回転した。

 “!!?”

 彼は……地面に落ちた。仰向けに。

 …考え事のせいだろうか?
 強い風でも吹いたのか。
 木と足とをつなぐチカラが…その一瞬、失われた。

 遙か彼方に、木の葉が。枝が。
 その向こうに空が見える。真っ青な空が。まぶしい青だった。

 “なんだ…………もう、死ぬのか”

 彼は、力無く微かに足を動かした。

 “まあ、いいかな……”
 “どうせ、遅かれ早かれ……”
 “ああ、……でも”
 “なんで生まれたのか……なんのために”
 “その謎だけでも……解きたかった…な……”

 ……。
 意識を失いかけた。

 ……その時。

 「あれぇ? セミさん、落っこっちゃったの?」

 何か優しくあたたかく柔らかい、ふわっとしたものに挟まれた。
 それから、また、ぐるり! と世界が回った。

 「はい! これで大丈夫だね!
  ちゃんとつかまってなきゃ、だめだよ。」

 きらきら、きらきら……
 陽光に負けない輝きをもった小さな女の子が。
 木から落ちたセミを拾い上げ、精一杯背伸びして……
 木の“なるべく、高いところに”彼をくっつけた。

 世界はもう、回っていない。
 でも、「彼」の思考は、まだグルグル回っていた。

 「ホントはねぇ、アイリスも飛べるんだよ!
  でも、お外で飛んじゃダメって言われてるの。
  ……これ、ないしょだからね。」

 少女は人差し指を立てて唇にあてるようにした。

 ……。

 “僕は、まだ生きている”
 “人間が、助けてくれたんだ…!”
 “……………”
 “人間……って……”
 “あったかい…………”

 さきほど、指で挟まれた感覚。
 女の子の優しさが、直に伝わってくるような……。
 挟まれたとき、彼の中で、何かが、きらめいた。

 「どうしたの? 鳴かないの?
  ……落っこちたとき、痛くしちゃった?」

 女の子は首をかしげ、心配そうな表情。

 “……!”
 “「大丈夫だよ、ありがとう」って言いたい…”
 “……そうだ、鳴こう。鳴けば、きっと、伝わる”

 ・・・ミーンミンミンミーン・・・

 「あ! 良かった〜、元気だね!」

 女の子……“アイリス”が、輝く笑顔に戻った。

 “なんだろう……?”
 “なんだろう、この、気持ち……”
 “すごく、気持ちいい……”
 “こんないい気持ちで鳴けるのは、初めて……”

 「アイリス!……ごめん、おまたせ。」

 少し離れた所から、透き通るような声。
 声の主……銀色の髪の神秘的な少女が、駆けてきた。
 アイリスよりも少し背が高い。

 「レニ!」

 “レニ”と呼ばれた少女はアイリスを見て優しく微笑んだ。
 それから、木で懸命に鳴いているセミを見た。

 ミーンミンミンミンミーン・・・
 ジーワ・・・ジーワジーワ・・・
 ミンミンミンミンミー・・・

 「セミ、たくさん鳴いてるね。」

 「うん! 今ね、セミさんとお話してたんだよ。」

 「セミ……夏、木の幹や枝にとまり、大きい声で鳴く昆虫。
  その合唱は、夏の暑さによく似合う……。夏の風物詩。
  成虫になってからの命は短く、1週間から2週間……。」

 「えっ……セミさん、そんなに早く死んじゃうの……」

 アイリスは悲しそうな表情になり、「彼」を見つめた。

 「そう……だね。……あ、でも、時間の感じ方って、
  生き物によって違うと思うから……セミは、満足してるかも。」

 「……そうなんだ?」

 「うん……たぶん。
  いや、本当は、聞いてみないと分からないけど。」

 「そっかぁ……」

 アイリスは悲しそうにしていたが…
 何か決意したような顔になって、セミに向かって言った。

 「セミさん、いっぱいいっぱい、鳴いてね!
  ぜったい、元気で……また、会おうね!」

 “……!”
 “…また、会おうね…か…”
 “…………”
 “いや、たぶん、もう会えない”
 “……でも、また会おう。……君が言うなら。きっと……”
 “きっと、会える気がする。”

 ミンミンミンミーン・・・

 “不思議な気持ちだ……”
 “僕、すごく、今、満足してる。”

 ミーンミンミンミンミー・・・

 “ずっと、生きていたい……けど、”
 “でももう、そんなこと、考えない。”
 “僕は、鳴く……元気に、鳴く。あの子に会えたから。”
 “あの子にまた会うために!”

 ミンミンミンミンミー・・・

 …………

 いつのまにか、2人の少女の姿は、無い。

 「彼」は、夢中で鳴き続けた。
 公園の木で。仲間たちと共に。

 「彼」は今……「夏」そのものに、なった。


 …………


 ひとつの夏が終わり……。
 また、夏が来た。

 それからまた夏が終わり……。
 再び、夏が来た。

 何度も何度も繰り返される……時の流れ。


 …………


 夏は……“夏の音”がする。

 水の飛沫。
 子ども達のはしゃぐ声。
 カラコロカラ……下駄の音。

 ラムネの泡のはじける音。
 カラコロカラ……泡の中、ビー玉の音。

 消えては、また現れる泡。
 消えても、消えても……。

 そして、セミの声。

 ミーンミーンミーン・・・
 ジーワ・・・ジーワ・・・
 ジジジ・・・ジジ・・・
 ミーンミンミンミンミー・・・

 “夏”が静かに眠りにつき、時の彼方に還る頃、セミの命もまた終わる。

 ……でも。再び。
 “夏”が輝きつつ目覚め、新たなまばゆさを映す時の流れの中……。

 「……あれっ?」

 麦わら帽子に、白いワンピース、輝く金髪をなびかせた女の子が……
 ふと見上げると、そこに。

 「……セミさん! セミさんだ!
  ……いつかの、セミさんだね!?」

 嬉々として喜ぶ金髪の女の子。隣で怪訝そうな顔をする銀髪の女の子。

 「今年も暑いね〜、セミさん!」

 「ねぇアイリス、いつかのセミって……?」

 「えっとねぇ……6年……7年かなぁ?
  そのぐらい前に、ここにいたセミさんだよっ……」

 と、悪戯っぽく微笑むアイリス。

 「……? ……あ、あぁ……! えぇと……?」

 と、半ば思い出しかけたレニ。

 “……!”

 そして……「彼」も、また。

 “僕は……この光り輝く人に、会ったことがある。”
 “いつか……確かに……”

 “…………”

 “良かった”
 “会えて、良かった……!!”


 ……


 夏の日は、夢を見る。
 “夏”が見ている夢の中。
 みんなが“夏”の夢を見る。
 それは、“夏の音”の中……。
 消えても、消えても。
 また、始まる。

 夏の日の夢。




                               = おわり =
      

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